HIKARU FUJII 藤井光 美術家/映画監督

No.60 2010-05-17
No.60  2010-05-17

電車に乗って宮下公園までみんなで行ってみる。公園ではアーティストのいちむらみさこさんと待ち合わせ。彼女と一緒に公園を散歩してみる。すると、地域やコミュニティとかメディアだとかアートだとか話しているアワープラネットTVの人たちとremoTokyoの人たちに遭遇する。こんにちは。そこで、彼・彼女たちの話し合いに耳を傾けるのもいいだろうし、公園で遊んでいてもいい。自由時間。それから、公園を離れ…

No.59 2010-04-23
No.59  2010-04-23

現代美術の実践が「社会参加」「制度批評(Institutional Critique)」「関係性の美学」といったコンセプトと連動し、アートと市民運動の恊働が模索され長い時間が経過した。クリエイティブな行為自体が孕む政治性と、政治自体が孕むクリエイティブとが衝突する宮下公園でのアート活動は、その意味で現代美術の伝統を引き継いでいる。一方で、レジデンスの存在が、行政と関連企業が進める公園改修工事を実質的に…

No.58 2010-04-05
No.58  2010-04-05

アートと映像 – 公共性をめぐって

【日時】2010年4月10日(土)・11日(日)
【会場】水戸芸術館現代美術ギャラリー
【定員】各日80名(先着順・予約不要)
【企画】竹久 侑(水戸芸術館現代美術センター学芸員)

http://www.reflection-alternatives.jp/events/

No.57 2010-02-24
No.57  2010-02-24

『プレカリアートの詩』記号資本主義の精神病理学
【スピーカー】 粉川哲夫(批評家)x 藤井光
【著者】フランコ・ベラルディ(ビフォ) 著
【訳者】櫻田和也
【詳細】http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309245010
【日時】3月14日(日)
【開場】18:00 スタート18:30
【場所】素人の乱12号店

No.56 2010-02-13
No.56  2010-02-13

「映画を作るとき、わたしは、いつも何かに復讐する、報復するという感情を持っています」。映画監督ペドロ・コスタは蓮見重彦との対談で、「私が撮っているものは裁判ではなく、価値判断を下すことではない」と断りながらも、「今の世界が正しくない、うまくいっていないということを語らねばならない」、その世界に対し「詩的なやり方で報復する」と言っている。現代の危機に対し、仕返しの概念を創り出していく…

No.55 2010-01-12
No.55  2010-01-12

POINT展

【会期】2010年1月9日~24日
【会場】京都芸術センター
【展示作家】アン・カンヒョン、アン・ドゥジン、ムン・ソンシク、橋本聡、藤井光、松原慈【批評家】 ソ・ジンソク、畠中実、キム・ミジン、住友文彦、ユ・ジンサン、原久子

No.54 2009-12-20
No.54 2009-12-20

プロダクトからプロセスへと美学的実践を拡張させたフルクサスと、芸術と技術の前衛グループE.A.Tの美学は、東京・国立市の市民に受け継がれ、市民が主体的に制作した映像表現が市民の意見として行政にフィードバッ
クされる(国立ビデオひろば/1978年-1993年)。2009年には「横浜国際映像際」のラボスペースで民衆による民衆のためのメディアが可視化され、「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」で

No.53 2009-11-18
No.53 2009-11-18

大阪に拠点を持つremoが東京にてremo*TOKYOを始動させています。その
第二弾として、remoが考案したremoscopeを、米海軍基地を始め、三笠公
園やドブ板通りなどで有名な横須賀を舞台に行います。remoscopeとは、remoが考案したリュミエール・ルール(固定カメラ/無音/無加工/無編集/ズーム無し/最長1分)に則り撮影された映像を総称する造語です。このワークショップでは、特別な技術はまったく必要ありません。

No.52 2009-11-13
No.52 2009-11-13

メディアと芸術は一部の人々に独占されてきた歴史がある。特に社会の中で不可視化、周縁化されている人々にとってそれは生活から遊離したものと考えられてきた。しかし、長年のメディアと芸術の民主化運動により、現在では生存のため
の不可欠な要素となった。ここでは世界中のさまざまな路上からの表現の現在を紹介しつつ、誰もが表現者となる時代をイメージする。

お問い合わせ:contact@hikarufujii.com