HIKARU FUJII 藤井光 美術家/映画監督

No.71 2012-8-22

 

下記の2つの書籍に論考を執筆しております。
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メディアと活性―What’s media activism?
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細谷修平編/インパクト出版会

【論考1】自分たちのメディアを創る 映像を用いた“もうひとつ”の美術史
【論考2】福島から発信された情報は、福島へとフィードバックされる
──ドキュメンタリー映画『プロジェクトFUKUSHIMA!』

抜粋:低線量放射線による決定不可能な被ばくリスクを抱えながらも「福島を生きること」
を選択した人々を表現することの意味と効果を私は判断できなかった。避難・保養を選択し
ようと思案している人が存在する現実世界で、福島の厳しい現実を生きる人々を表現するこ
とは、「福島で生きないこと」の自由を拘束してしまうかもしれない。「福島の声を、福島
から届ける」そのポジティブな行為の中の暴力性。「自分たちのメディア」が形成する内と
外との隔り(論考2)…

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ソーシャル・ドキュメンタリー :現代日本を記録する映像たち
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萩野亮+編集部編/フィルムアート社

【論考】集合知の時代
──ソーシャル・ネットワークにおける映像の在り方

抜粋:映像メディアはたとえ歴史の構築から消されていく者であろうとも、その人の身振り
や声を記録する。複製技術である映像は、公共世界においてあらかじめ私的領域に除外され
てしまうものでさえも、現実世界の証拠とする。それはひとりの人間にとって、「わめき声
のようなもの」が、そこに存在したことを証明するための唯一の道具であるということだ。
デモクラシー〔民主主義〕とは、本質において、統治者にとって有用でない、聞く必要のな
い、「わめき声のようなもの」によって、自明性そのものが中断されることであり、物事の
正統性を多数者が決定していくプロセスではない。これまで安定的に維持=管理されてきた
アーキテクチャに裂けめが入り、不安定性が生まれる瞬間、不合意が表面化する瞬間を言う。
映像は二重化するデモクラシーを表象する。統治制度としてのデモクラシー〔民主制〕が、
観念としてのデモクラシー〔民主主義〕を閉ざしていくリアルを映しだす…

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映像ワークショップ

2012年07月27日-30日 アーツ&クラフツビレッジ岡山(岡山)
企画:映像発信てれれ「メディアに水をぶっちゃけろ!」夏合宿
詳細:http://www.asahi-artfes.net/program/2012/post-32.html

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トーク&レクチャー

2012年08月04-05日 水と土の芸術祭/メイン会場(新潟市)
2000年代→2010年代のアートプロジェクトとは?
企画:竹久侑(水と土の芸術祭ディレクター)
詳細:http://bit.ly/Pzqa7U

2012年08月12日 桜坂劇場 ホールB(沖縄 )
企画:compass
詳細:http://www.compass-art.com/archives/1648

2012年08月15日 若狭公民館 第1研修室(沖縄 )
震災とアート “記録”と“伝える”ということ
企画:若狭公民館
詳細:http://bit.ly/MYWNha

2012年08月18日 ARCUS スタジオ(茨城)
Re:AIR
企画:ARCUS
詳細:http://www.arcus-project.com/jp/event/2012/ev_jp120818124538.html

2012年08月21日 フォーラム山形(山形 )
企画:フォーラム山形
大友良英/藤井光
詳細:http://forum-movie.net/yamagata/event/p_fukushima.html

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