HIKARU FUJII 藤井光 美術家/映画監督

No.74 2013-9-6
No.74 2013-9-6

シネマツーリズム:朝日座(福島県南相馬)行き高速バスツアー【新宿駅発】旅の目的地は福島県南相馬市にある木造の映画館「朝日座」。その途中、現地の被災地ツアーガイドと共に沿岸部をめぐります。目的地の劇場では、映画『ASAHIZA』(60分版)の上映が行われ、映画に出演者した方々や地元の方々と共に、ツアー参加者は映画館を訪れる「観客」の役をエキストラ出演者として演じます。

No.73 2013-6-11
No.73 2013-6-11

記録された映像は、現実世界で起こった出来事を正しく映し出すのではなく、作者の思考のなかで出来事を捉えた、ただのイメージにすぎない。それらをいくら積み上げても現実に起きた出来事の総体的な知覚にいたることはない。3.11以降、膨大な量のイメージが生産され、これからも制作され続ける。私が撮影した映像もまた、億単位の映像群の地平の中のひとつとして位置づけられる。仮にそれらすべてのイメージを収集し、ネットワーク…

No.72 2013-2-7
No.72 2013-2-7

1967年の新潟水俣病第一次訴訟を題材に、東日本大震災に伴う原発事故以降の今の社会を見つめ直す。「公害」という言葉さえ定着していなかった時代に、国内初の公害訴訟を起こし、日本の公害問題に転機を与えた市民の想像力を、当時の弁護団幹事長である坂東克彦弁護士への取材と、本訴訟の最終陳述から呼び起こす。約100人の市民の協力のもと制作された本作は、作家だけでなく市民による思考と表現の実践でもあった。

No.71 2012-8-22
No.71 2012-8-22

映像メディアはたとえ歴史の構築から消されていく者であろうとも、その人の身振りや声を記録する。複製技術である映像は、公共世界においてあらかじめ私的領域に除外されてしまうものでさえも、現実世界の証拠とする。それはひとりの人間にとって、「わめき声のようなもの」が、そこに存在したことを証明するための唯一の道具であるということだ。デモクラシー〔民主主義〕とは、本質において、統治者にとって有用でない…

No.70 2012-4-1
No.70 2012-4-1

不名誉な地として世界に知られたFUKUSHIMAをポジティブな言葉に変えていく決意を持って、音楽家の遠藤ミチロウ、大友良英、詩人の和合亮一の3人が代表となり、音楽を中心としたフェスティバルが開催された。映画はフェスティバルの前後7ヶ月を追ったドキュメンタリーとなっている。解決の見通しの立たない原子力発電所を抱える福島で、野外フェスティバルを実施することが倫理的に許されているのだろうか?芸術家たちは悩む。

No.69 2011-11-7
No.69 2011-11-7

未だに時間の軸がねじ曲がり、現在の事が書けない。自分が今いる美学的な位置を簡素に告知するだけのノートのはずなのであるが、それがまだ出来ない。震災以降、複数の時間と空間の中でカメラを回し、複数の対象と関係性に向けて編集し、複数の状況と局面でそれらは観られ、新しい事態へむけて不可逆的に動いているのだが、まだ何かが止まったままだ。それが、被災地での経験を何も語らないでいるからだという事は分かっている。

No.68 2011-06-23
No.68 2011-06-23

大惨事や事故は、隠されたものを、発見するという意味で一つの発明である(ポール・ヴィリリオ)。被災地となった東北は、戦中と戦後の東京市場の膨張、食糧増産政策によって、熱帯原産である米が移植され「米どころ」として書き換えられている。コメが減反に転じ、過疎化が進んだ高度成長期末期には、原発と交付金が誘致され、東北は電力供給地として開拓されるようになったと言われる…

No.67 2011-2-18
No.67 2011-2-18

ソーシャル・メディアが発達し、私たちそれぞれが受け手であり送り手でもあるような状況のなかで、アートにまつわる諸問題を共有し、前提とすることができるような情報を伝達する枠組み=プラットフォームとはいかなるものか。今回のラウンドテーブルでは、さまざまな立場でアートに関わっている方々をゲストに招き、現状のアート・ジャーナリズムやメディアの問題、その未来(展望)について広く話し合います。

No.66 2011-1-17 
No.66 2011-1-17 

本の音読と映像撮影を組み合わせたワークショップです。フランコ・ベラルディ(ビフォ)『プレカリアートの詩——記号資本主義の精神病理学』(河出書房新社)第四章「今日オートノミーとはなんであるか?」の音読を行いながら、その様子を映像に記録していきます。

映像ワークショップ:藤井光(美術作家)

読書会メディエーター:櫻田和也(翻訳者)

No.65 2010-10-20 
No.65 2010-10-20 

身体、精神、欲望に深刻な影響を与える強いメディアの言説を弱める個人の力が、エレクトロニクス技術の進展と共に増大していることは確かなようだ。与えられた情報を一方向的に受け入れるのではなく、一次情報に直接アクセスし、多くの人々の議論と精査を通過させ、その集合知を自分たちのメディアで公開する。今年、国内外のアートシーンで公共圏の問題がクローズアップされたのも、この集合知の生成における社会構造の変化に…

No.64 2010-10-20   
No.64 2010-10-20   

美術作家の小山田徹と藤井光が1000m2以上ある空間を使ったインスタレーションを協働で発表します。小山田徹は、世界的に評価の高いパフォーマン スグループ「ダムタイプ」での活動の後、バザールやカフェなどコミュニティのための共有空間の設計・開発を先駆的に行っています。藤井光は、映像メディアを用いながら、資本主義社会の歪みなど現代社会の問題点を深く切り取る表現活動を行っています。

No.64 2010-09-9  
No.64 2010-09-9  

東京スカイツリーの足下で進行するジェントリフィケーション。墨田区は、路上生活を強いられる不安定労働者の生命線である空き缶拾いに罰金20万を課す条例を10月1日に施行した。そして、観光都市として再生を計る墨田地区は、そのアーキテクトの道具として、今後さまざまなアートプロジェクトを象徴資本を利用する企業と設計し、「持たざる者たち」と同様に、多くのクリエイティヴ・レイバー(芸術労働者)を投入し、使い捨てて…

No.63 2010-09-05  
No.63 2010-09-05  

芸術関係者 各位
芸術の労働問題。このアポリアを私たちの切実な問題として脱構築するアクション+映像制作にご参加ください。アーティストやアートプロデューサー、 アートNPO、技術者など断続的に雇用されるクリエイティヴ・レイバー(芸術労働者)が、アサヒビール本社の地下駐車場に数十基のテントを張り、芸術と労働に関する新しい概念/声をあげていきます。

No.62 2010-08-16
No.62 2010-08-16

remoscopeとは、remoが考案したリュミエール・ルールに則り撮影された映像を総称する造語です。このワークショップでは、特別な技術はまったく必要ありません。初心者、経験者を問わず「作品」をつくることができ、それぞれの作品を参加者とともに鑑賞し楽しみます。なにげない風景がさまざまな視点で切り取られ、異化されていくその静かな驚きを味わう…そんな“句会”のようなワークショップです。

No.61 2010-07-15
No.61  2010-07-15

いま価値があるとされるものが次の瞬間ゴミになり価値を失う廃棄物処理場と化した東京で、芸術活動を続ける私たち芸術関係者の「狂気」と、私たちクリエイティヴ・レイバー(芸術労働者:アーティスト、キュレーター、アートプロデューサー、コーディネーター、アートNPO、技術者)の社会的・経済的「狂気」を可視化することに連帯ください。この作品は、芸術生産に関わるすべての人々の「現場」に対する無限無数の批評言語…

お問い合わせ:contact@hikarufujii.com